音叉の振動でエネルギーを整え、心身共に健康に
音叉セラピー・音叉療法サロン虹の音大阪

プロフィール
音叉セラピスト えつみ (Etsumi)/ 講師 魚谷悦美
・看護師(職歴26年)
・上級心理カウンセラー・家族療法カウンセラー
・ホリスティック音叉セラピー™ 認定ベーシック音叉セラピスト
・ホーム音叉マッサージ®基礎・上級トレーナー
・「音叉の鳴らし方教室」認定講師
(日本音叉療法協会認定プラクティショナー )
日本音叉療法協会URL https://japan-onsa.org/
・一般社団法人 LUN・RELUCIR(ルン・レルチア)
福むすびワークショップ認定講師
豊受講座認定講師(食事指導講座)
URL

経歴
看護師歴26年。総合病院を3年経験後、結婚、子育てと両立しつつ、救急病院の
外来業務、地域の診療所、老人健康保険施設、特養デイサービスなどに従事。
身体だけではなく心理学も学ぶため2020年、精神科訪問看護ステーションに勤務後、
予防医療の必要性を感じ2022年、東洋医学の漢方内科に2年間非常勤勤務。
2022年、予防医療としての周波数に着目し、日本音叉療法協会の認定資格、
・ホリスティック音叉セラピー™認定ベーシック音叉セラピスト
・ホーム音叉マッサージ®基礎・上級認定トレーナー
・音叉の鳴らし方教室認定講師
などを取得し、音叉セラピーサロン虹の音を開業。
2022年10月より「ホーム音叉マッサージ®基礎講座」を毎月開催。
2023年2月 第8回「摂津まちゼミ」出店(セルフリンパマッサージ講座)。
2023年8月 日本音叉療法協会後援「音叉の鳴らし方教室」開始。
第1回「親子音叉セラピー体験教室」セラピストmiiさんと共同開催。
2024年2月 第9回「摂津まちゼミ」出店(音叉を使ったセルフケア体験教室)。
2024年4月「ホーム音叉マッサージ®上級フェイシャル講座」開始。
2024年8月 ライフバランス協会 「豊受講座認定講師」取得。
(新型栄養失調などの食事指導講座)
2026年1月ライフバランス協会は一般社団法人 ルン・レルチアへ変更されました。
ようこそ、虹の音へ
数あるセラピーサロンの中の「虹の音」にご訪問いただき、誠にありがとうございます。
生い立ち
幼少期は健康優良児。えつみという名前から「さるとびえっちゃん」と呼ばれ(笑)、かけっこ木登りなんでもござれで過ごしてました(笑)。10歳の壁を越えてから、多少の引っ込み思案となりながらの、運動では無我夢中でトップを目指すスポーツ大好き少女。その延長線で中学はソフトボール部、高校では器械体操部のキャプテンを務めましたが引っ込み思案で『部員を引っ張るなんてできへんのになんで~!』って感じつつ活動。今思うと良い経験を積ませていただきました。
同時に、絵が好きで将来、中学生までは漫画家になりたかったんです。
小学校1年生の時に買ってもらった【ドラえもん1巻】の、あの面白さの衝撃は忘れられず、お小遣いはほとんどマンガに費やしました。自分でも書きたくてマンガ入門という攻略本(?笑)を買って、鉛筆ですが、模写からオリジナルストーリーの漫画を描いたりしてました。時間がたつのがわからない、そんな状態。その当時、エレクトーンも習ってはいたものの、高学年からの先生との相性が悪く、中学進学でクラブ活動を理由にフェードアウト…。ここで続けていれば音楽のことや周波数のこと、めちゃわかってたかなぁ?と思うのですが、遠回りも学びだったんやろうなと思います。高校の進学指導の時期から、母(看護師)の勧めと、祖母が骨折入院をしてしまったきっかけで介護の必要性を感じて、看護師の道を選ぶことになりました。
持病を抱えた看護師時代
思い出すのもつらい看護学生時代(苦笑)を経て、国家試験に合格し就職。このころからストレスを感じつつも気のせいと、がむしゃらに忍耐が美徳で頑張っていました。
看護学生時代に、ある日突然始まった蕁麻疹。受診するけど、原因はわからず。原因になるものなんて山ほどあって特定できないと言われ、薬で抑えるだけの日々。
その状態を2年ほど続けて、いつの間にか治ったと思っていたら、今度は全身の痛みになって襲ってきました。
足の小指が腫れて、手の親指が腫れて、ズボンも上げられない…。薬も効かず、診断もつかず、とうとう激痛で叫びながら目が覚め、あまりの痛みに腕ごと切り落としてほしいとさえ考えてしまう状況で、将来の指の変形のショックに心砕かれたのは26歳の時でした…。
仕事中も痛みで何度か気を失いそうになるので、入院患者さんの身体の向きも変えられなくなって職場に相談し夜勤免除、そのあとすぐ外来に回してもらってもどんどん限界が近づいていました。当時、退職願の期限を1カ月早めてもらい専門の病院に移ることを決意して退職。そこでやっと関節リウマチという自己免疫疾患と診断がつきました。そのころには、自力で起き上がることができなくて、母に手を引いてもらって立ち上がり、ほとんど寝たきりで過ごした期間があります。それでも死ぬ病気でないからと励まされて、何とも言えない孤独を感じたこともありました。看護師であることの成長のための痛みを知るための試練、と受け止めましたが、あまりにもの激痛は、当時の私の心を蝕んでいたと思います。
早期の治療で、抗リウマチ薬を服用。すでに決まっていた結婚式には何とか自力で動ける状態にまで回復していました。それでも鎮痛剤は欠かすことができず、激痛に耐えながらの仕事と家事。
何とか日常生活は送れるものの、無理がたたるとコップを持つのもつらいので持続できずに退職を繰り返し、私でもできる職場を探し続けて、結婚後は、パートで身体看護に携わっておりました。
命を考えさせられて
その間、痛みストレスから、メニエール病、突発性難聴、不整脈、と仕事を辞めたいけど生活がと思い込んでずっと仕事を続けてしまったんです。スポーツ根性で鍛えた精神で【休め】って身体からのサインに気付かず、忍耐強さが裏目に出ました(笑)。そこからも、そろそろ子どもをと休薬したにもかかわらず、4年間の不妊治療と、不育治療でもう最後と治療終了を覚悟した結婚7年目にようやく息子を授かりました。後で思えば、親になる覚悟、どんな子でも障害があっても育てる覚悟ができている必要があったんだと思えました。その間に、骨破壊は進んでしまったので、変形や可動域に制限が出ましたが、それにも勝る喜びで日々を過ごすことができていました。不妊の時期があったものの、父は息子が1歳半で他界しましたが、会えて本当に良かった!と、人として生まれてこれるのは奇跡だと痛感しました。
今度は子育てを通して、生きていくことや社会とのかかわり方を深く学ぶことになって、苦しくて仕方ないけど、医療では延命に対する体験(介護施設で寝たきり終末期の延命処置など…)、父の癌発覚から闘病から看取りまでの家族の関り等で、生命があって生きていくことの意味や、死に対する感情など向き合わざるを得ない体験もしました。
子育てでの学び
そして、子どもが保育園児時に、登園拒否や体調不良などから自閉症スペクトラムであることがわかりました。
理解者の少ない中での子育てを始めることとなり、子育てに関して主人との対立。特性や子育て方法を毎日必死で家族に説明しながらの生活。子供と向き合う毎日の中で、昔からの教育方法に疑問がわき、その日常から自閉症などの援助方法を学ぶ必要性に気付き、小学校時代は支援級に所属し、支援の先生との協力体制で、状態が落ち着き中学校は普通級で過ごすことができました。その頃、HSCの概念と出会うことができ、同じ思いをしているご家族との出会いもあり、とても救われました。
その後も、メンタルの対策が必要なことを痛感して、もっとメンタル支援を学ぶためにと精神科訪問看護に就職した2020年。子供の理解のためにも始めたのにもかかわらず、その精神科訪問看護の職場での激務で子供にしっかりと向き合えていなかったため、高校入学後の環境に適応できていないサインを見落とし無理をさせ、入学2か月で体調不良となり不登校になりました。
音叉との出会い
仕事に対して「人がいないから休めない」「皆が困るから辞められない」と思い込みで継続していたら、家族を見れていなかったことに気付き、何をやってたんやと、しっかり家族に向き合おうと退職を決意。それでも、高校に行ける日はほとんどなく、やっと行けても担任や教員からの心無い言葉に、疲弊しきった息子に直面して、情緒的にこの学校は無理だった、と受け入れることができ、この先どう進めていけば我が子の心を守ることができるんやろうと考えていた時に、癒しの音楽のつながりから音叉を知ることができました。
全ては周波数であること、共鳴して整えば、本来は心地よく生きていけるのが人間のはず。
一縷の望みをかけて、体験施術に申し込み、自身のエネルギー(気力)を整えていただきました。
その後、息子に対して「高校を退学になったらどうしよう」とか、「精神疾患になって、長年苦しむようになったらみんなが辛いな…」とか、(身内にいてまして…)など、私の漠然とした不安感が伝わって共鳴していたんだと気付き、肩の力が抜けて毎日を息子とゆっくり過ごそうと思えたそんな時期。ふと、まだ転校の決意をし切れていなかった息子に気持ちが切り替えられる出来事が起きて、準備から入学までトントン進みすべてがひっくり返り転校もスムーズに、心も安定し大学進学にて仲間もでき、息子も人生の経験として高校時代を捉えられるようになっているようです。まだまだいろんなことがありますが、仲間を大切に過ごしてほしいなと思います。
音叉療法を受けることで、地に足がついて(第一チャクラ)、穏やかに対応して(第四チャクラ)、
チャンスを逃さず(第六・七チャクラ)、勇気を持って行動でき(第二チャクラ)、
話し合いや意思表示など周りに伝えることができ(第五チャクラ)たと思います。
すべてがうまく循環している、環境に連動している。音叉療法を受けたのは私でしたが、穏やかな楽しい毎日を過ごす感覚が家族で共鳴し、現状に変化をもたらしたのかなと、そんな感じがして、周波数を整えることが大切だったんだと気付くことができました。
ヴォイススキャン®での声の周波数の状態 2020年10月17日
東洋医学にも興味が出てきた頃だったので、目に見えなくても気力を整えることができると
これはすごいものを見つけたなぁ!と、ワクワクしたのを覚えています。
息子に送ってしまってたであろう、不安気な負の周波数を変換することができたことは、エネルギー療法を学ぶ上で、貴重な体験でした。
音叉に出会って、さらに予防医療に携わりたいという思いが大きくなり音叉セラピストの道を進むことを決めました。音叉が確かな周波数を奏でますので、物理や量子力学と通じてて安心して学ぶことができました。
音叉に出会ってから、多くの転機やシンクロを感じる出来事に遭遇。不思議な体験の数々…。
ネガティブな感情を持ち続けていることが、生きづらさを感じさせ人生が辛いものになるので、一人でも多くの方の心が癒され、周りの環境が穏やかになり、笑顔に囲まれる、そんな感謝の日々を送ることによって、社会、国、地球が優しい気持ちで包まれれば、素敵な優しい世界になれるんじゃないかと思っています。
エネルギーの調整のお手伝いさせていただけるのは、地球もよくなって平和になるので、私にとっても喜びなんだと素直に喜べるようになりました。人生変わりましたので私がびっくりしています(笑)
長文を読んでいただき、ありがとうございました。
皆様が、楽しく笑顔で過ごせる日々がたくさんたくさん増えますように🌟
よろしくお願いいたします😊

施術前

施術後